エッセイ②

ホログラム的

概要

幸町バグパイプ・クラブのメンバーで、作曲家、そして社会福祉法人東香会理事長として保育園や学童保育クラブの運営にもかかわる仕事もされている齋藤紘良さん。齋藤さんは、東京都町田市の忠生地域を拠点に「YATO―500年のCOMMONを考える―」というプロジェクトを行っています。新型コロナウイルスの感染拡大によって、大きな社会的変化が生じた2020年。地域での催事を未来へと継承していくためにどのようなことを考えられたのか、ご執筆いただきました。

ホログラム的

文/齋藤紘良(保育者/作曲家)

2021年2月。唐突なニュースが舞い込んできた。

「NASAが初の火星生命探索機の着陸に成功ですよ。」

キャスターが淡々と報道している。あれ、初?火星探査機って歴史は長くなかったっけ?ニュース報道で撮影されたNASAスタッフがなぜ飛び上がるほど歓喜していたのか、Googleサイトに聞いてみた。

調べてわかったことは「NASAは本気で宇宙生命体を探すことにしたらしい」ということだ。

時代は確実に進んでいる。20世紀のSF小説で想像力を膨らませていた宇宙人探索時代が、想像力を使わずに中継で見ることができるようになった。NASA提供の4K火星映像は、自宅のドアを開ければ目の前に広がっているんじゃなかいだろうかと思わせるくらい鮮明に美しく僕のMac Book画面に映し出された。「これ、実は地球のどこかだよ。」といわれても納得できそうな火星の大地に妙な親近感を覚えつつ、これだけ地球に似ていれば火星生命体がいても不思議じゃないなあと、今度は想像力をはたらかせながら火星探索の映像をワクワクと眺めた。

遥か遠くにあると思っていたことが、突然目の前にホログラムのように現れる。これは過去にも未来にも起こる現象だ。

以前、諏訪湖の縄文美術館に行く機会があった。ぼんやりと数百体の土偶を眺めていたら、突然にバーーーンと数万年前の世界が目の前に広がった。なんてことはない無骨な土偶と思っていたら、表層にうっすらと刻まれた指紋があり、その痕跡から土偶の作者の想いが生々しく脈打って向かってくる気がした。歴史の教科書のわずか数枚の説明で終わっている縄文時代が、とてつもなく長い時間の積み重ねをたずさえて、僕がやって来るのを待ち構えていたことにゾクゾクした。

知識=リアリティが突然、現実=アクチュアリティとなって勃起する興奮は、過去へ向かうのも未来へ向かうのもそう変わらない。

僕は、数名の仲間たちと共に「YATOー500年のCOMMONを考えるー」というプロジェクトを行なっている。東京町田にある忠生という土地の過去500年間を調べながら、500年後に何が残るのか何を残したいのかを考えていくような活動だ。YATOプロジェクトでは、毎年9月に、「YATOの縁日」という祭りを開催してきたが、2020年はコロナウイルスの影響を考慮する必要に迫られた。

「令和2年8月に開催を予定しておりました祭りは中止することにいたしました。」

と、是非とも行ってみたいと思っていたさまざまな地方の祭りを調べるごとにこのようなアナウンスが立ち上がっていた。

ではYATOの縁日はどうするのか?

僕らは、誰もが気軽に足を運べるイベント(催事)としての縁日は今年はできなくても、セレモニー(儀式)としての縁日は途切れさせずに続けたい。と強く想い続けた。

儀式とは、リアリティがアクチュアリティとして勃起する瞬間を、伝承が神話として跋扈(ばっこ)する幻影を司る空間だ。2020年9月に行われたYATOの縁日は、昨年までの賑やかさに包まれた雰囲気は排除され、ただならぬ緊張感と異質感の中で進行していった。

アクチュアリティの勃起と神話の跋扈を演出するにはカラクリが必要なのだが、そのカラクリには、影絵、バグパイプ、餅つき、土器、そしてアパレルブランドのファッションショーが儀式の構造に組み込まれた。なぜそれらが選ばれたのかをここでは説明しきれないが、カラクリが種明かしされない方が良いこともある。ともかく全ての要素が見事に作用し、2020年の夏に儀式が途切れず執り行われたことは思い出すたびに熱意を持って語らずにはいられない。

五百年後、千年後、万年後に僕らの現在が神話としてよみがえる日が来るような気がする。あの構造不明なカラクリが妙な説得力を持って受け入れられているような気がする。火星に住む未来人がYATOの縁日を真似して餅をついている気がする。

コロナ禍での経験によって、僕はこれからの「儀式」の存在意義に気づき始めている。

執筆者プロフィール

齋藤紘良(さいとう・こうりょう)
1980年生まれ、天秤座。165cm。56kg。作曲家/社会福祉法人東香会理事長。専門は子どもが育ち老いて死ぬまでに暮らすための環境や文化を考えること。保育園や学童保育クラブの運営、500年間続く祭りの創造、寺院の再興、映像番組などへの楽曲提供、そして雑貨とシンセサイザーを駆使しながらのパフォーマンスなどを行なっている。発表作品に『narrative songs』(CD)、著書に『すべて、こども中心。』(カドカワ)などがある。