エッセイ⑤

子供たちが見つめるその先に

概要

「地域芸能と歩む」では、2020年8月から9月にかけて、新型コロナウイルス感染予防対策を充分に行ったうえで、写真家の志鎌康平さんと沖縄各地の地域の芸能の担い手の方々の「いま」を写真に収める小さな旅を行いました。

名護市屋部「屋部の八月踊り」もまた、2020年は規模を縮小し、神事のみを行うこととなりましたが、子どもたちによる「長者の大主」は無事に奉納が行われました。地域の担い手の方々や、初めて舞台に立つ子どもたちがどのような思いで、2020年の夏を過ごしたのか、このときの撮影の様子とともに取材しました。

子供たちが見つめるその先に

文/向井大策

私たちは石垣島での撮影を終えると、写真家の志鎌康平さんとともに沖縄島に戻り、那覇空港から一路、北部の名護市に向かった。国道449号線から集落へと一歩足を踏み入れる。すると、車の行き交う通りの喧騒からうってかわって、美しいフクギの並木に囲まれた屋部の集落が姿をあらわす。朝から降り続いていた雨も上がり、濡れた路面が午後の太陽にキラキラと輝いていた。

「屋部の八月踊り」は、150年以上の歴史を持ち、沖縄県無形民俗文化財にも指定されている伝統行事である。毎年、旧暦8月に屋部の集落の人びとが総出で行事をとりおこなう。演じられるのは琉球舞踊や組踊など、20演目以上、上演時間にして4〜5時間にもなる大がかりな舞台だ。「屋部の八月踊り」では、これを3日間にわたって3回上演する。3日のうち、「正日」と呼ばれる中日の旧暦8月10日には、本番の舞台の前に、御願と道ジュネー、そして踊りの奉納が行われる。

「屋部の八月踊り」では、本番の3日間だけでなく、準備から解散までの一連の流れが、伝統的なやり方に則って行われている。本番の約1ヶ月前の旧盆(旧暦7月15日)前に行われる「ミンクバイ(面配り)」で踊りの配役が決められ、舞踊や組踊の練習が始まる。集落の人びとは旗頭が通りやすいよう道の木々を剪定し、舞台で使用する大道具、小道具の準備や修繕を行う。舞台での練習が始まると、婦人会の女性たちは連日、まかないを作る。本番前日には「メーズクミ(前仕込み)」と呼ばれるリハーサルが行われ、指導者から助言を受けながら本番に向けて最後の準備を入念に行う。3日間の本番を終えると、行事に参加した住民は解散式(「ワカリザンカイ(分散会)」)を行い、その年の「屋部の八月踊り」は締めくくられる(『屋部の八月踊り130周年記念誌 屋部の八月踊り』)。

しかし、この伝統ある行事も、昨年(2020年)は、新型コロナウイルスの感染拡大により、大勢の住民が参加する道ジュネーや3日間の本番はとりやめとなり、正日の御願と踊りの奉納のみに縮小して実施されることとなった。

私たちが撮影のために屋部を訪れたのは、正日を6日後に控えた9月20日のことだった。公民館では、大人たちが旗頭の準備をし、4人の子供たちが踊りの稽古を行っていた。「屋部の八月踊り」では、毎年、正日に奉納される演目のひとつである「長者の大主」で、地区の小学6年生が踊りの初舞台を踏む。子供たちにとって憧れの初舞台はまた、親や地域の大人たちにとっては、子供たちの成長を確かめる機会でもある。この日初めて、本番の衣裳に袖を通したという子供たちは、どこか恥ずかしげな、それでも嬉しいような、という面持ちであらわれた。

集落を歩きながら、撮影が始まった。志鎌さんの声がけに、カメラの前に立つ子供たちの表情も生き生きとしてくる。

今回の撮影では、屋部出身の吉元貴子さんにもご協力いただいた。吉元さんは「屋部の八月踊り」の指導者だった祖父から薫陶を受け、この伝統行事に踊り手として参加してきた。いまは子供たちにも踊りの指導を行い、「屋部の八月踊り」には欠かせない人のひとりとなっている。

吉元さんが身にまとうのは、演目のひとつ、「綛掛」の衣裳である。美しい冠は、屋部に伝わる伝統のデザインだ。実は、吉元さんは地元の伝統行事の担い手であるだけでなく、流派で研鑽を積んだ琉球舞踊家でもある。「屋部の八月踊り」の演目には、琉球舞踊の古典的な演目がいくつも含まれているが、同じ踊りでも、古典の踊り方と、吉元さんの地元である屋部の踊り方には違いがあるという。吉元さんはその繊細な違いを演じ分けることのできる数少ない踊り手のひとりである。そして、吉元さんは自らの舞踊の実践を通じて、古典芸能と地域の伝統とをつなぐ架け橋にもなっている。集落の古いフクギの並木に凛と立つ美しい姿に、地域に根ざしながら、ふたつの伝統を継承していこうという吉元さんの静かな決意が感じられた。

吉元貴子さん(写真:志鎌康平)吉元貴子さん(写真:志鎌康平)

地域における祭りや芸能は、その土地の暮らしとともにある。年に一度、あるいは数年に一度、決められた時期に決められた場所で、皆で土地の恵みへの感謝と祈りを捧げる祭りや芸能は、そこに生きる人たちに、自然の循環や人びとの生活文化とつながる「回帰的な時間」をもたらす。「屋部の八月踊り」がまさにそうであるように、大勢の住民が集まり、力を合わせて行う伝統行事は、集落で暮らす人びとが世代を超えてふれあいやつながりを確かめ合う機会にもなるだろう。それは、毎日が直線的に流れていく現代の社会生活において、私たちが土地とのつながりを取り戻し、コミュニティの活力を生み出す原動力となっているはずだ。

子供たちが見つめるその先に、ここ屋部にはどのような未来が広がっているだろう。新型コロナウイルスという誰も経験したことのない状況の中で、少しでも歩みを止めることなく、地域の伝統行事を次の世代へと受け継いでいこうとしている屋部の人びとの姿に勇気をもらった。

著者プロフィール

向井大策(むかい・だいさく)

1977年生まれ。沖縄県立芸術大学音楽学部准教授。専門は音楽学、近現代音楽史、音楽美学。ベンジャミン・ブリテンをはじめとする20世紀の欧米の作曲家による音楽作品や劇作品を文化史的な観点から研究するほか、沖縄移住後は、地域社会における音楽や芸能の持続可能性に着目しながら研究・プロジェクトの企画・運営を行なっている。曲目解説など多数寄稿。