開催レポート
読谷村のうたの記憶を探す[その2]
概要
8月3日(土)に開催されたアーティスト・イン・レジデンス・プログラム「読谷村のうたの記憶を探す」の公開講座。講座の第2部では、「『出来事』としての歌について考える」というテーマで、映像人類学者の川瀬慈さんのお話が続きました。編集者でライターの川口美保さんにご執筆いただいた開催レポートの後半部分を公開します。
レポート(後半)
文/川口美保
歌を通して世界が響き合う
長浜さんの話を受け、後半は、映像人類学者の川瀬慈さんを交え、「『出来事』としての歌について考える」というテーマで話が展開。
「『マースケーイ歌』の話を聞いて、いろんな人の交流の歴史、移動の歴史、生活の創意工夫、人々の生活の息吹から、ひとつの歌を通して世界が響き合っていくということを、あらためて考えることができた」と川瀬さん。
さらにアシビトゥイケーの話からは、「人類学でコムニタスという言葉があるのですが、集団で行事をしたり祭りをしたり、儀礼をやったりする中で、社会の約束事が溶けて、そこからまた新たな世界が立ち上がってくることを意味します。それを思い出しました」と話す。
川瀬さん自身、アフリカの研究を行っており、様々な場所の事例を挙げながら、世界のどこの地域でも、グローバル化の波に乗せられ、地域社会に根づいていた文化や音楽芸能が失われている事実があると話す。
「しかしそういった中で、地域社会の個性のようなものが、風前の灯火のような形で歌を通して、あらゆる芸能を通して、脈打っているような状況というのがまだ世界各地にあるんです。そういったところに慎重に耳を澄ませてそっと励ましてあげるというのも我々の仕事だと思っているんです」と川瀬さん。
松田さんもまた、世界中を旅し、その地域の人々との交流をしながら音楽を紡いできた人だ。川瀬さんの言葉に頷き、「つなぐ、ということだと思うんです。たとえば、日本全国、世界中、それぞれのコミュニティに行くと、長浜さんのような郷土史家的な、ものすごい物知りで地域について研究されている人が各地域にいるんです。その人たちは、地域のことを考えながらも人類のことを考えていると思うんですね。芸能を通して、本来の人間の生き方、人間性を守る、ということをやっていらっしゃる。この時代に、そういう人たちにひとりでも多く出会っていくというのが大事だと思う」と話した。
過去との連続性の中でいまを捉える
沖縄ではまだ多くの地域芸能や文化が継承されているが、今後、どのように伝えて育んでいくのかは大きな課題となる。そういう中で、このプロジェクトが担う役割、昔の歌をいまにつなげるだけでなく、人々が地域の中でどのように生きて来たか、歌とは踊りとはそもそも何か、なぜ生まれ、人々の暮らしにどのように生かされていたのか、つまり、人間がこうして命を繋いで、脈々と受け継いできた、生きる営みそのものを考えるということにもなるだろうと思えた。
長浜さんは言う。
「よく私たちは『稽古』という言葉を使いますよね。稽古というのは『古いことを嗜む』んですよ。過去を嗜む。さきほど言った『現在過去未来』という言葉で言えば、ひとつの事柄でも多く、地域の芸能を伝承しようと思う人たちはできる限り保持してほしいと思うんです。たとえば塩の道を歩いてみる。子ども会で集まって、歩いてみようよとか。帰りはバスで帰ってきてもいい。そんな作業を通しながら、かつて、父や母、おじいさん、おばあさんたちの頃に歌われていた『マースケーイ歌』に近づけるような努力も必要なのではと思いますね」
実際に「マースケーイ歌」の道のりを歩いてみると、かつて泡瀬の塩田だった場所のあたりは、米軍の通信基地となっていたと松田さん。
「それも歩かないとわからなかったし、逆に歌によって米軍基地以前の風景を幻視するような、この歌に本来の風景を教えてもらったようなところがありました。いまは見えないけれど、この歌を通して見えてくるんです。長浜の人も泡瀬の人もそうだけど、私たち外の人間にとっても、昔あった風景を思い描いて、その時の人と心を合わせることができることは、これから、より貴重な体験になっていくと思います。『マースケーイ歌』はあのフェンスを越えるんです。私たちは歌の羅針盤を片手に歩いていこう、ここから出発して、いろんな土地の歌を探しに行こうと、泡瀬の浜で思いました」
このプログラムには、プロジェクトに興味を持つ受講生も参加し、3人の話に真剣に耳を傾けた。実演家だけでなく、研究者だけでもなく、参加者もともに、みんなで、このプロジェクトを通して、地域芸能について、実際の言葉や歌を聴き、感じ、考え、未来につなげていく。この開かれた場こそ、未来への扉だと思えた。今回のプロジェクト発起人でもある沖縄県立芸術大学の呉屋淳子さんもこう続ける。
「過去との連続性の中でいまを捉えていくことが大事だと思います。研究する立場だけなく、それを観に行くお客さんもそれが共有できると心強い。地域芸能を支える人たちは実演家だけでなくて観ている側も支える側になるので、観る側も価値を感じていけるような社会になると沖縄の芸能は豊かになるんじゃないかと思いますね」
約3時間にわたる第一回目のプログラムだったが、この時間を通して、より、プロジェクトの意義があらたとなっていったように思う。松田さんは、また次回の来沖の際に、長浜さんを訪ね、「マースケーイ歌を教えてください」と話した。
「教える、とかではなく、ぜひ、一緒に歌いましょう」と長浜さんが優しく応えた。
うたの記憶を呼び起こしながら、いま、ともに時間を過ごし、ともに歌う。これもまた、地域芸能が未来に豊かに継がれていく美しさだと思った。
インフォメーション
アーティスト・イン・レジデンス・プログラム「読谷村のうたの記憶を探す」
公開講座
2019年8月3日(土) 於:読谷村史編纂室
第1部 10:30〜12:30 「長浜地区の歌 マースケーイ歌を聴く」
講師 長浜眞勇(琉球古典音楽家)
聞き手 松田美緒(歌手)
第2部 13:30〜15:00 「『出来事』としての歌について考える」
講師 川瀬慈(国立民族学博物館/総合研究大学院大学准教授)
聞き手 松田美緒(歌手)