開催レポート[神野知恵]

地域芸能の現場をフィールドワークする 第2回(伊江村)

概要

2月13日(木)、「伊江小学校×坂元小学校 子ども芸能交流会&伊江村タウンミーティング」を開催しました。伊江村立伊江小学校5年生と宮城県の山元町立坂元小学校4年生がテレビ会議システムを活用して行う「子ども芸能交流会」は2年目になります。午後の部では、「伊江村タウンミーティング」と題して、伊江小学校教諭を中心とした参加者でグループディスカッションを実施し、最後はそれぞれが3年後の自分に宛てて、地域芸能の継承に対する今の思いを手紙にまとめました。

伊江小学校での「子ども芸能交流会」と「伊江村タウンミーティング」に参加された神野知恵さん(国立民族学博物館機関研究員/民族音楽学、民俗学)、増野亜子さん(東京藝術大学非常勤講師/民族音楽学、インドネシア芸能研究)、渡邊美由紀さん(宮城県名取市立下増田小学校校長[前・坂元小学校校長])に、それぞれの視点から当日の様子についてレポートをご執筆いただきました。

伊江島で新世代の地域芸能を考える

文/神野知恵

伊江小学校×坂元小学校 子ども芸能交流会 photo:當麻妙伊江小学校×坂元小学校 子ども芸能交流会 photo:當麻妙

伊江島。実はかれこれ10年以上行きたいと思い続けてきた土地のひとつだ。今回、遂に念願が叶い、しかも地域芸能や子供たちと関わるプロジェクトへの参加とあって期待は高まった。大阪の伊丹空港から大群の修学旅行生にもまれながら飛行機に乗り込むと、あっという間に那覇に着いてしまう。その手軽さが少し惜しいようにも感じる。伊江島は、那覇からバスに揺られること2時間強、本部港から船に30分乗って行く。その距離感が人間的に思えて嬉しかった。伊江島に降り立つと、フワっと生暖かい夕方の風が吹く。予定をガンガンに詰め込んで張りつめていた気が一瞬でほどける。呑気過ぎて申し訳ないと思いつつも、本当に心地良かった。

翌朝、畑の中を歩いていよいよ伊江小学校に向かう。教室につくと男子児童とお母さんたちが着物の着付けをして、本番直前のピリっとした雰囲気があった。この日の午前中は「子ども芸能交流会」。総合学習の時間に伊江島の「村踊り」を学んできた伊江小の5年生と、子ども神楽を演じる宮城県山元町の坂元小4年生のテレビ電話(Skype)による交流が行われるという。この交流はこれまで2年間続けられてきた。地域芸能は書かれた文字や記号ではなく、身体を通じて人から人へ伝えられる、極めてアナログな世界だ。遠く離れた東北と沖縄で、デジタルデバイスを使った交流はどの程度可能なのだろうか。

テレビ電話がはじまり、伊江小から先に地域、学校、芸能の紹介をすることになった。かなり作り込まれた、完成度の高い原稿を伊江小の児童たちが丁寧に読み上げた。先生と児童の努力、そして伊江島もしくは伊江小のプライドと気迫が感じられた。芸能の上演に先だって、島ことばを使った口上を述べ、ちゃんと模造紙に字幕を書いて出していたのも素敵だったし、各村の青年団から学んだという「今日の誇らしゃ」「門口池小堀」「作たる米」「按司添前」の四曲の二才踊りは本当に立派で、健康で自然な身体の使い方を見ていてすがすがしさを覚えた。伊江島の人々はまず「持っている」ものがあり、その良さを伝えたいという気持ちが強いのだろう。きっと坂元小の児童たちも驚いたに違いない。

伊江小学校×坂元小学校 子ども芸能交流会 photo:當麻妙伊江小学校×坂元小学校 子ども芸能交流会 photo:當麻妙

ところで、パソコンの画面を通じたチャットでは、ガッチリ作り込んだ演目やメッセージはよく伝わるかもしれないが、生の会話のように「ゆらぎ」から相手の人間性を読み取るのには難しいところがあるようだ。しかしこどもたちは柔軟だ。お互い用意しておいた質問を読み上げるうちに、だんだんにほぐれてきた。坂元小の子供達の「こっちは最高気温が10度で寒いですがそちらは何度ですか?」という質問に対し、「伊江島は25度で全員半袖です」と答えたとき、坂元小の子供が「うちのクラスにも、いつも半袖の男子がいます」と言ったことで、大人も子供もみんなドッと笑い、画面の向こうとこちらにようやく同じ空気が流れたように思った。やはりこういったなんでもない会話が生まれるには、回数と時間を重ねることが大事なんだろう。そして、願わくばアナログな方法と組み合わせて交流を続けてほしいと思った。例えば、お互いの芸能の衣装や道具一式を箱に詰めて貸し出してみてはどうだろうか?あるいは、伊江小では伊江っ子ファームといって児童が直接農作業をする素晴らしいシステムがあるので、お互いの地域の特産物を交換し合って、食べながら、こんな食文化のなかで私たちの地域の芸能が育ちましたよ、ということを話しあってみるのも良いかもしれない。Skypeなどのテレビ電話を用いた学習は、今時よくあるように見えて、「郷土芸能」というテーマをもとにしているがために、かなり実験的な試みになっているようにも思え、今後の発展性をかなり感じさせられた。

伊江村タウンミーティング(朝鮮半島の太鼓・チャンゴでレセプション) photo:當麻妙伊江村タウンミーティング(朝鮮半島の太鼓・チャンゴでレセプション) photo:當麻妙

午後は「伊江村タウンミーティング」と題して大人たちの対話の時間が設けられた。参加したのは伊江小教員、保護者、伊江島郷土芸能保存会、島外からの芸能に関わる研究者や実践者などであった。それぞれ4、5人のテーブルに分かれて、子供たちに芸能を学ぶことを通じて何を得て欲しいか、子供たちは何を得ているのか、大人は子供から何を得ているのかという3つの議題で話した。体を動かすことの楽しさ、わざを身につけることの素晴らしさ、大人の格好良さ、友達と一緒に頑張る達成感、心身の成長などなど、様々な要素が出たが、私は全体を見回してこんなことを考えた。伊江島の地域芸能の伝承活動は非常に活発で、上手くいっているケースだ。けれども、子供を持つ親や先生たちと、今の子供たちでは大きく時代が変わっているのも事実だ、ということである。

まず、今の子供たちは、見ている世界が広い。世界中の色々な人の姿を、インターネットを通じて一瞬のうちに知ることができる。地域芸能の世界でも近年まで、「俺らは俺ら、他の地域のやってることには興味がない」という雰囲気が強かったが、20代以下の世代はYoutubeで隣村の芸能を見ながら意見を言い合ったり、意識的もしくは無意識のうちに他の地域から影響を受けたりするようになっている。地域独自の文化を大事にし、他人には簡単に教えず、先祖から伝わった型を守っていくのは本当に大事なことだ。一方で、これからの子供たちには広い世界を知ってなお、自分たちの固有の文化の格好良さを守っていこうと思う気持ちを育てて欲しいとも思う。午前中のテレビ電話でのやり取りを見ていても、遠い地域で芸能を演じる子供たちが会話をしながら、「俺らは俺ら」世代とは違うやり方で、地域芸能の価値を考えるようになっていることを感じた。

伊江村タウンミーティング photo:當麻妙伊江村タウンミーティング photo:當麻妙

もうひとつ。大人たちが子供に学んでほしいと思っていたことの中に、「忍耐」「我慢」「限界を超える達成感」「諦めない気持ち」「上下関係」「規律」「連帯感」のような、いわゆる「体育会系」のキーワードがたくさん出て来ていた。私もいくつもそういった言葉を出した。なぜなら、自分自身がそうやって芸能を学んで良かったと思う事がたくさんあったからだ。しかし、これは大人と子供の間で価値観のギャップが最も大きい部分ではないだろうか。スポーツも地域芸能も、身体を使うジャンルである。身体の使い方、動かし方、それを組み合わせた「わざ」なるもの、そして他者との一体感を得るためには、実際に身体を動かさなければならず、理解するまでに時間と労力がかかる。頭ではわかっていても、身体のことは身体を通じてしか得られない。それがスポーツや地域芸能の面白いところだが、今の時代のスピード感、デジタル感と噛み合わないところでもあるのだろう。実は、村の踊りや歌を、先輩から後輩へと伝え、祭りで演じてきたのは、単純に神事や娯楽だけのためではないだろう。これを教えたり学んだり一緒に演じたりすることを通じて村の人々が一体感、達成感、解放感という宝を獲得するために設けられた「装置」だったはずだと思う。昔の人々は、そうしたものを得るためならば、先輩の厳しい叱責(ときには手も足も出る)に耐え、暑い寒い痛いを我慢して稽古を積み重ねることができた。しかし、今も農業が盛んな伊江島とはいえ、昔とは社会が異なる。子供たちに大人の価値観を強要するのは難しいだろう。ならば、その「装置」の作り方、見せ方を変えて行く必要があるのではないかと思った。具体的な方法があるわけではないが、暑い寒い痛いを乗り越えた先にある地域芸能の素敵さ、素晴らしさを大人がもっと声を大にして伝えて行かなければ、子供たちが自発的にそれを得たいと思うようにはならないと思う。これはもちろん伊江島だけのことではない。

伊江村タウンミーティング photo:當麻妙伊江村タウンミーティング photo:當麻妙

この日の晩の打ち上げの席でも熱い想いが様々に語られた。私と同世代で地区の自治会長を務める方からお話を聞いていて、10年以上先を行っている大人のように思えた。伊江島には高校がないので、ほとんどの子供たちが沖縄本島で独り暮らしをすることになるという。15歳で親元から離れて自炊生活を送った人たちが、私と同じ30代になったとき、その成熟度が違うのは当たり前だと思った。ご自身も子育てをされながら、何でも自分で出来る大人になりなさいと教えているそうだ。私は他の地域でも地域芸能について色々見てきたことがあるので、何かお伝えできること、役に立てることがあると思って来たのだが、その話を聞いて急に恥ずかしくなった。それでも、私のような外の人間に出来ることがあるとしたら、伊江島の人々が誇りに思ってきた文化の素晴らしさをもう一度改めてお伝えすることが一番大きいかもしれない。地域芸能の研究や活動は、人の「縁」が全てだ。この縁をつないで、次に訪れるときには是非日々の暮らしのこと、年中行事のこと、戦争のことも含め、色々な話を伺いたいと思った。

インフォメーション

第2回 「伊江小学校×坂元小学校 子ども芸能交流会&伊江村タウンミーティング 」

日時 2020年2月13日(木)10:30〜11:30、16:00〜18:30
場所 伊江村立伊江小学校

ファシリテーター 出野紀子(コミュニティデザイナー)
司会 向井大策(沖縄県立芸術大学准教授)
参加・協力団体 伊江村立伊江小学校(5年生児童)、山元町立坂元小学校(4年生児童)、伊江村民俗芸能保存会(沖縄県国頭郡伊江村)、坂元神楽保存会(宮城県亘理郡山元町)、中浜神楽保存会(宮城県亘理郡山元町)
出演 神野知恵(国立民族学博物館機関研究員)、佐辺良和(琉球舞踊家)

【プログラム】
10:30〜11:30 第1部 フィールドワーク「伊江小学校×坂元小学校 子ども芸能交流会」の参観
16:00〜18:30 第2部 対話プログラム「伊江村 タウンミーティング」
(1)朝鮮半島の太鼓・チャンゴでレセプション(演奏:神野知恵[国立民族学博物館・民族音楽学者]、踊り:佐辺良和[琉球舞踊家])
(2)グループでディスカッション
   テーマ①「自分たちが子どもたちに教えたいと思っているモノ」
   テーマ②「子どもたちは大人から何を得ているだろうか」
   テーマ③「大人たちは子どもたちから何を得ているだろうか」
(3)共有タイム
(4)手紙でコミュニケーション「今日の想いを3年後の自分に書いてみよう」